散歩に出た。

自分のこと、生活のこと
いのちのこと、日常のこと
人生のこと、欲望のこと

ぐるぐるぐるぐる、とりとめもなく考えたかったから。

◇◆◇

わたしには大好きなある小説があって、大好きが故にとても読み返せるものではなくて、6年も前だろうか、初めて読んで読み終えて、以来慎重に取り扱っている。
その本を。

なんだかんだようやくもう一度読む覚悟を固めたはいいもの、上・中・下に分かれたその3冊は、最初の一冊を手に取ってページを捲るごとに、心の中で警告音が鳴り響く。うるさい。

今ならまだ引き返せる。もう読むな。

わたしはその理由を知っている。またこれを読み終えたら、どれだけの喪失感に心を壊されるか。

最後の最後のページを閉じた瞬間、この世界がわたしの生きる世界線に存在していないことを、はっきりと思い知らされるのだ。彼に会うことも彼女の声を聞くことも、叶わない。一緒に生きることなんて、ましてや、できない。それが辛くて、どうしようもない。苦しくて、さみしくて、切なくて、今すぐ消えて彼ら彼女らと同じ世界に生まれたい。って、そんな感情に徹底的に打ちのめされるほど。

ファンタジー冒険もの、とでも言えようその物語は、あの頃読んだわたしと違うところをずきずきさせた。
逃げ道を。
逃げ道を探している、たぶんわたしは、今の、わたしは。だって上巻で泣いたりしなかった前は。
逃げ道が欲しくて、けれど読み終えた時の世界の存在しない実感を知っていて読む前に自分にそれを再確認した今のわたしには、逃げ道が欲しいという感情が浮かんだことが酷だった。

旅人の物語。
読みながらわたしは、どうして毎日成すことにこんなにつまらなく感じるのか、そんなことを考えた。
毎日、結局は、家に帰るからだ。
その日どんなに進歩なことをやり遂げたとしても、家に帰るのだ。ルーチンのように。それは、ちっとも進んでいないように思えた。
とんぼ返りだ。
旅人は、毎日、歩みを進めて、進んだところで寝て、また次の日進む。そうしたい、と思った。
とんぼ返りするだけの毎日。結局なあんにも、進んでいない毎日。物理的距離は、いつまでたっても立ち尽くすばかりじゃないか。だから、つまらないんだ。そっか。


そんなこともあって、夜、ただただ歩きたかった。
イヤホンを持たずに、外に出た。

そうそう、その小説は、結局、上巻を読み終えてから恐ろしく消沈したというか、なんなんだろう。
飽きたのと違う。満足したのでも違う。怖くなったのとも、違う。
訪れたのは、唐突な、終わるべく終わる感だった。ヘンな感じ。


散歩の話に戻ろう。
ぐるぐるぐるぐる、頭を混沌とさせるはずだったのに、なんだか頭が空っぽになっていく。

本屋の入っているまあまあなスーパーを通りかかった。一瞬の逡巡ののち、中に入る。これが良くなかった。
いや、良かったというべきなのか。実際のところ、どっちでもないそもそも良いとか以前の問題なんだろう。

スーパーは、あまりに生活感がごった返していて、先ほどの小説に対するまさしく中折れ感とでもいうようなものは、一層強くなった。頭も、白米から糖をむしり取ったばかりという理由で機能しない時以上に、ぼんやり動かない。

椅子とテーブルがあって休憩できるスペースへ行き、腰をかけた。ぼーっとする。自販機に100円をいれ、パックのココアを押した瞬間にその下にリプトンのミルクティー(100円)を発見して愕然とする。こっちにすれば良かった。

ココアをストローでちゅうちゅうと吸う。後ろでは、予習をしている男子中学生か高校生の一行の声がする。
そういえばつい最近にココアを飲んだんじゃなかったか。ならなおさら、ミルクティーにすれば良かった。

◇◆◇

それにしても、と、思う。
昨日一昨日はちょっとした合宿で、昨日は鍾乳洞やら滝を見るためちょっとした山登りやらしたにも関わらず、今日はお昼には起きたし夜にも外を出歩くなんて、よほど元気になったと、そんなことを思う。

昨日、ようやく合宿が解散して、それでも同じ路線は同じ路線で固まって帰ったらしかったが、わたしはしれっと抜けて一人でさっさと改札を抜け一人で座った。その瞬間の、幸福ときたら!
なんてひとりは素敵だろう。やっぱりわたしは、ひとりでいるのが好きだ。
女の子たちの、一緒にまとまっていないとイヤ、ひとりでいるのは不安だというあの空気感がどうしても駄目。イライラしてきてしまう。人と喋るのは決して嫌いじゃないが、一緒にいるのにわざわざ申請や許可を経ての一連の動作を見ているとそれすら苦行に思えてくる。
ひとりでいればいいじゃないか。知り合いのいないことなんて、友達がいないことなんて、ちっとも恥ずべきことなもんか。


夜道を歩くには、色気も可愛さもない服装が一番だ。ぼさぼさの髪で、似合わない眼鏡で、財布とスマホだけを入れたポシェットを斜めがけにして歩く。
歩く姿勢は、しゃんと。
いかなるときも、座るときも食べるときも、姿勢だけは綺麗でいたい。そんな気がする。だから、いつもそこだけは気をつけている。

顔中のソバカスがコンシーラーで隠れなくても、汚いいちご鼻が顔のパーツ配列そのものを一層酷く見せていても、姿勢だけは。

きれいにラインを見せてくれるワイヤー入りのブラじゃなくて、ぺったんこにしてくれるスポーツブラにしてくれば良かった。そんなことをちびり、後悔してみたり。
まあ、そんなことはほんとは、どうでもいいんだけど。
まあ、そんな格好だから、きちんと身支度をした日は寄ってくる美容院のキャッチも今日は寄って来ない。

◇◆◇

結局頭混沌とんとんとんとんのお散歩は叶わず、所帯じみたスーパーをうろついて、帰る。
100円のココアが甘かった、それだけの、外出だった。それ以上もそれ以下でもなく。

でも、美味しかったけどね。ココア。100円だったし。


*月だってさ、月だよね ふみ