生夏【残暑見舞いネプリボツ作品】

 

 

 

夏をノックして君はやってきた 「ごめんね、お待たせ。探したよ」って

 

 

あの夏に死んどけなかった僕らへの燻る線香で僕以外がまた死ぬ/
あの夏 灼熱地獄に身を投げて(プールサイド) 
死ねなかった僕らのピリオドは空を舞う/
あんな中途半端に水で薄めた絵の具のような青の、バカ正直に雲ひとつない空を見るととても偽物のように思える。その時僕は死ねなかったことを強く思い出すのだ/
空はすこーんと抜けて、あたしたちは剥き出しになった宇宙を見つめていた。人間で言うところの皮膚が剥がれるような痛みらしい。その叫びを、あたしたちは手を繋いで聞いていた。/
青くなければ不幸でいて許されるだろうか。この空が実はそんなものなくて、普段空に遮断されて見えなくなっているその向こうにあるものが露わになっているだけだとしたら? それは何の免罪符だろうか /
耐えかねる暑さの中街に生える星を見る。特等席は歩道橋の真ん中。それは人が生きたり死にそこねたりする光である。心の殺し合いの残骸だ 【ネオン】/
クーラーに守られて息をしているとき、北極のシロクマは僕を知らないし見つめ合えることもない。/夏の湿度の空気の隅で、じっと息を潜めていた。終わるのを待っている。こうして、長い間、ずっと。誰かの一生のように、終わってからは早いのだけど。/
星が僕らを見守るなら、僕らも死ななければならない。/
よく冷えた泡を飲むとき、喉でサイダーがぬるめられるのを感じていた。/
死ねないし世界も救えないのに 地球は僕を振り落とすことのないまま回っている。/
地球がこんなになっても人類は死ねなかった。/
クーラーが肉体を守って心を殺す。すずしいから生きてしまえてしまった。/
癇癪のように叩きつける雨から熱気が放たれている。靴は燃えるようにして濡れていく。自然発火の夢は叶わない。/
君の口の端の泡が引っ込んでいくのを君にバレないようにして見ている。/
花火を見たい。「今度皆で花火大会に行こうよ」メールが届く。そういうことじゃない。/
麦わら帽子でせせらぎを掬えどこぼれてしまって君の元へ着く頃には中にはちいさなごみがかかっていてそんなこと本当に分かっている。/
蚊に刺されて初めてそこに皮膚があったことに気付くそれはいいけどせめて断ってから刺してよねだって普通そんなとこ刺す?/
等圧線がわたしを挟むから脳が捻れて千切れそうだ。/
太陽は白く照ってくれると良い 見過ごしてもいいものをきちんと見過ごせるように/
頼りなく泳ぐ虫網が泳ぎつづけて麦わら帽子だけが小さくなった/
初めての恋人と一度も寝ずに別れてしまったとき、私のこのやわらかさには死ぬまで誰も触れることがないのだと思った【線香花火】/
誰かの生きている痕跡 証 を見ると 夏なのに泣きたくなる 夏なのに/
「あなたが生きてみるというのなら、僕が死んでみせましょうか」「そんなずるいことってあるの」「ずるいって」「どうしてわたしに死なせてくれないの。あなたが生きたらいい」飄々と命を使って僕らは「あなたに死なれないためになら僕くらい死にますよ」「だからあなたはずるいの」「ええ」あなたに生きてもらうためにわたしの死を使ってくれたらいいのに「ああ、ふたり生きるしか術がないようだ」命懸けの命のやり取りで、数えきれない夏を得てしまった 「けれど、あなたが生きるのにわたし以外の命を使うなんてそんなの」 【蝉】/
「はい」「はい、そこ」「あなたに会ってしまったので、死ねなくなりました」「そうですか」「どうしてくれますか」「どうもしないよ、我儘」「けち」「はい」「はい、どうぞ」「明日の夕飯は何にしますか」「そんなことよりアイス食べたくない?」「食べたい」/
不健全な色合いの光によけい温められた夜の色の空気を泳ぐ、僕はさかななので。 身を一捻りするたびに、闇はたぷんと音をたてるのだ。そういう生ぬるさで、あってないような手応えで空気を切りながら、僕は黄金に光り輝く。はたから見たらなんの変化のないまま。しっとりというよりじっとりという重さとしつこさで、僕は海に絡め取られる。口元から夜が入り込み、気管も、肺も、食道も胃も隙間なく夜で埋まる。そうしたとき僕(さかな)の体はとてもキログラムが増えていて、体内は泣き出しそうなほど酸素が濃い。ああ、闇の黒さは酸素の濃さだったのだ、とその時僕は思う。たぷん、たぷん、海に全身を抱かれながら確かに進んでいる、やはり僕はさかなである、なぜなら泳いでいるので、知らないビルの室外機が吐き出す熱風にうげ、と顔をしかめて、ここには幸せしかないとも不幸しかないとも僕は言わないだろう、と僕は思う。たぷん、たぷん、僕はどこへ泳ぐのか。月が意味ありげに、大きさを増して海を照らしている。人々が死にながら生きていると、頭のおかしくなるような熱帯夜が僕のぬめやかな表面を撫でるようにして伝えている。肉体の暴走は、それでも絶対に僕を壊しはしないのだ。狂気の沙汰のような酷暑も。ひどい、と声が漏れる、夜は軽やかに明けてしまう。/
急行列車に乗った各駅停車しか止まらない駅のホームにはたくさんの人たちが汗を吹き出して立っていてこの電車は終末からの避難用で迫り来る猛暑の手からの逃走でそこにいる人たちをまるで置いて行ってしまう気持ちに駆られた罪悪感が瞼をぎゅっとさせた・一瞬で視界から消えてゆかんとするあの細い坂道が見えるあそこをのぼったらきっとできる世界から抜け出すあなたと私で 【ある夏の日の_こと 電車の中の数秒間】/
窓際にかかったボーダーのカーディガン(うすい) 冷やし中華の小さくてまあるい氷(溶けかけて)うなじが海よりもぬれて潮が香ったら夏を引き留めにいこう(風鈴が呼んでる あのときは沈黙を埋めるためだけだったのに)照り返しの強いベランダに氷みたいなグラスを置いたガラスみたいな氷をいれて ひなたが塊を削るようにとかしていくね(ビー玉みたいな世界のありかたを肯定する水飛沫) ヒールの細いミュールを引っかけてあの女性の素足の火照り(それから小麦色のヨットの丈夫なまぼろし)  ああ 夕焼けは太陽が空に溶け出していくみたいだ/
日時計のカウントダウンは騙し合い/
きみはほんとにほどよくない嘘をつくね/
うるせーな。黙って恨まれろよ/
きみを見つめるAときみへ駆け出すBの壮絶なバトル/
リングに中指を装填したなら実質わたしが土星だな/
アイスクリームの溶け方よりはやく いって言って行って生きて/
街は自ら発光している。四角く切り取られた中を、いつもよりもゆっくりと流れながら。そのぺかぺかを閉じ込めて君にあげたい。その味について【手のひらに収まりきらない 日向夏】/水の入ったペットボトルが凄い勢いで凹んでいく。これが終止符かと問う声は震えてしまった。思えば、イヤホンを水没させてしまって夏は始まったのだった。君の陰の中は、ちっとも涼しくなかった。わたしたちは、と鼻腔を象徴で満たして目を細めながら思う。わたしたちは、死ねない星のもとに生まれてしまったね。あの夜がもしかしたら何もかも間違いだったのかもしれないように、そしてもしそうならば命が揺らいでしまうくらいのように、この夏は一から十まで全て間違っていたのかもしれなくて、そうだとしたらわたしたちは生きていくことができないんだけれど、それでもやっぱり死ぬことができないのだ。頭が痛くても泣けなくても君の一番になれなくても、蝉の抜け殻を殺しても縁日は空耳でも濃紺は乾いたプラスチックのようでもあんな人に優しくしちゃってもかき氷が安物でもカブトムシに指をちょん切られても悪意から逃げ忘れても、もう何も食べたくなくてもイルカのお腹が冷たくても目が覚めたら日が沈んでても靴擦れができても手を繋ぎたくなくても、生きていくんだよわたしたち、誰にも見つけられなかったとしても、わたしたちは生きていくんだよ。わたしたちは一生死ねないし、花火ですらわたしのところまでは届いてくれないけれど、それでもわたしたちは元々死ねないように生まれてしまったのだ。日傘のはじけるぱんっ、という音を合図に、何が現れるだろう。深い海の底のような濁りあるいは、大事に持ち帰ったビーチの白い砂が眼球に貼り付くような悪夢か、何にしたって湿潤にうち広がる。そうやって、わたし程度を殺せる鋭ささえ、世界は失っていく。夏の孤独はアンセンチメンタルで、うまくひとりにしてくれないから凶暴だ。耳を、塞いでみようか、どっちにしたって、やっぱりわたしたちは死ぬことができないのだ。

 

秋はそっぽを向いてわたしを永遠に見ない

 

 

8月に忘れ去られる紫陽花の不在に名前[  ]をつけ 高い空

 

 

◇◆◇

 

(以下走り書き作品にならなかったメモたち。夏の終わりぶつ切り感をお楽しみください)

 

オリオンを南半球に蹴っ飛ばしたら

真夏のオリオンを引き寄せてあなたに届けたいよ、首にかけたら似合うとおもうの。
南へ蹴っ飛ばしたのはあたしです。ごめんなさい。
手を繋ぎたくない縁日

特別と伝えることは摂氏40℃の暴力 恋は華氏105度で自然発火 足りないのはあとたった0.55555℃ 体内の水分が干上がってただの不在がわたしの細胞に湛えられていた

夏を搾ると、鮮やかでちょっと青く、酸っぱい匂いがした。爽やかを煽るような香りだ。たった今、この手で搾った。三歩歩けば腐っている

7月の32日に落っこちて ウサギを追いかけあまーい世界へ

エアコンが わたしをひとりにしないから わたしはひとりになれないままで

あなたの命をあたためるうたを歌いたいよ あなたをだって見つけたいよ でもあなたを探すためだけに歌えないよあたし

他人の空似だけどラブレターを書きます。まあ、他人の空似なんだけど。

君の目に僕がうつりうるなら 生きてみてもいいですか

どれがわたしで、どれはわたしではないか、全て完璧に網羅して説明できたらいいのに

死に損なった夜だけ破っていいことにした日めくりカレンダーは地球の自転に忠実な日付を知らせてくれる。

言わなくちゃ。言わなくちゃ。言わなくちゃ。わたしを見つけてくれてありがとうって。

それは、正しい青の探し方。

ラムネ瓶の破片を喉にあてがってすら。

 

 

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【あとがき サマー・ピリオッドに寄せて】

 

あんなに終わらない地獄かと思われた灼熱の日々も、秋は立派に訪れましたね。現金に、もうあの暑さを思い出せない。搾り尽くすように吐き溜めた言葉たちの真意も、今のわたしにはわからない。この先の人生でも、こんなに夏を切り取れることってないんじゃないかと、本気で思うほどに言葉をかき集めた。及第点が出せなくてボツになりましたが勿体無いなと思うのでここにて回収。今の涼しさ、あるいは寒さの中で見ると当時ほどの発光すら文字から見つかりません。さみしい限りです。季節は移ろっていくのですよねえ

この度は、というには時間が経ちすぎてしまいましたが、暑中見舞いを銘打って挑戦したわたしの初のネットプリント、手に取ってくださった皆さま、本当にありがとうございました。心から感謝いたします。溢れ出すように、とても嬉しく思います。

暑くない、というだけで、一息に、いろいろなことの免罪符を失ってしまったような心地がします。これから厳しい寒さが訪れれば、そんなことも言ってられなくなるのでしょうか。そんなことを言っているうちに、きっと冬も終わって春が来るのでしょう。そうやって四季が巡っていくうちに、人生が進んでいくのでしょう。それは、きっとこうやって言葉にするほど、スムーズなものでは決してないのだろうけど。

願わくば、どんな一過性のものでもいいからわたしの言葉でどこかで何かが生まれたらいいなと思います。きっとそれは幸せなことだろうと思います。

 

余談ですが今日で、短歌を始めてちょうど2年になりました。うまく感慨を引き出せないほど、変に凝り固まってしまっている心を携えて、きっと自分の作品にこれからも沢山ケチをつけて、それでもたまに信じられないほど舞い上がってみたりもすると思います。わたしはわたしを好きになるために、これからもきっと書き続けていくのだろうなと思います、そうであってほしいと願うし、そうしないではいられないだろうとも思います。

そろそろ、ここいらで。

インターネットの宇宙にも似た途方もなさの中で、この場所にたどり着いてくださった天文学的な確率によるみなさまに、愛をこめて。

 

 

まだふみもみず / 夜

2018.10.23.