軌跡

 

 星が、落ちてくる。


 爆発は遠くで見るから美しいのだーーとそのとき気付く。閃光はいくつにも割れて、落ちてくる。ここに来るのだ、ということに、予感めいた確信で、気がつく。地球全土の、ただ一点、緯度経度私の地点のみを目指して、星は、落ちてくる。


 夢を見ていた。

 

 小さい頃、神社の裏で、ひとりにしないでと小さく祈っている夢。はて。幼い頃、神社なんて近くにあっただろうか。なかった気がする。それでは、これは何の記憶だろう。ーー記憶? 

 そう、これは確かに記憶だ。それなのに、体験していることはありえない。それでも、こんな温度のある懐かしいという感情が嘘なのだとしたら、私はもうこの世の何もかもを信じられない。

 そういう温度の、夢だった。

 小さい体を、余計に小さく縮めて、膝を震わせて肩をびくつかせ祈っていた。ひとりにしないで。神様に脅迫しているのに近い願いだった。やだ、やだ、やだ、ひとりにしないで!


 星が、落ちてくる。

 

 閃光の先はいくつにも裂け、その全てが弧を描きながら私の元へ向かってくる。リボンだ、と唐突に思った。カンダタのように登って行く、抜け出すための道なのか、私を包みに来てくれたプレゼントであるのか、そういうことには思い至らなかった。それでもはっきりと、見つけてくれた、と思った。

 宇宙から見たら人ひとりなんて目視もできないのに、こんなにうじゃうじゃいるなかで私を。

 夢の余韻が、あたたかい脳に囁いていた。今、星を引き寄せている引力は、持つべくして持ったものであり、同時に何かが1ミリ違ったら今日は普通の一日だったということ。たとえば、昨日眠りにつくのがあと一秒遅かったら何も起こりえなかったと、いうこと。そのことがわかる、ということが、私はたまらなく嬉しかった。空は、よく晴れていた。喜びが踊った。今なら、何だってできる気がした。


 閃光が空気を裂いて、その波動は音楽を奏でた。空を掴むように手を伸ばすと、イヤフォンが立ち上がる。音楽が鳴っている。祝福の歌だった。星はこんな風に鳴くのだ、と思う、幸せに満ちながら。指先でイヤフォンコードをくるくると弄べば、燃えるように熱かった。そのことが嬉しかった。良かった、生きているんだ。生きているんだね、私たち。


 次第に私は落ち着きを持って、夢を回想していた。あれは、確かに思い違いなのかもしれない。なぜかって、私は願った覚えがない。正確に言うと、私にああ願わせたものに心当たりがない。ひとりにしないで、なんて。それでも、もうどちらでもいいな、と思った。そんなことは問題ではない。


 星は、どんどんと近づいていた。もう残す距離はわずか。

 一筋の細い閃光が一際こちらへ伸びてきて、私の髪をくるりと囲んだ。豊かな黒髪をーー実は結構気に入っている髪を、ふわりと撫でてひとつに結わえた。自分の内側から香る女が、強くなった気がした。

 さらにもう一筋、気弱な光が伸びてきて私の肌を撫でる。白くマシュマロのような肌に、くすぐったさが走って口元が緩む。

 星が落ちてくる。真正面にそれを見据えて、私の瞳も星になったような気がした。澄んで、美しく輝き、光を放つような。


 落ちてくる無数の光たちは、さらに先端が割れあるゆるものに姿を変えていく。夜空に映える五線譜。線路のレール。音楽を彩る弦。涙痕のようなピアス、流星を模したイヤーカフ、物語を紡ぐ文字に。ああ、私ーー

ぽろっと零れるように、思う。


 私、あなたに会いに来た。


 一秒一秒が尊く神聖なものに感じられた。きっとダイヤモンドでさえ、この時間に傷はつけられないだろうと強く思う。おいで、と念じる。強烈な光の束に、語りかける。


 おいで。あなたで私を、この宇宙ごと綴じてしまって。


 視界に突き刺さる凶暴なリボンたちを眺める。ほどいて歌にする。編んで天の川にする。難しい化学式を締め出そう。私たちを、何にも誰にも解明させない。これが最後だと悟りながら、はっきりと口を開く。

 

 私、あなたに会いに来た。

 

 

2018.11.15. Happy Birthday!