それでもデモデモ狂想曲

シルエットが駄目。こっちはサイズが合ってない。配色が無理。ラインの色の濃さがダサい。トーンの明るさがダサい。雰囲気と合わない。ボロい感じがナシ。丈がヘン。靴がダサい。髪がこれじゃ正解じゃない。色が不愉快。毛玉ダサい。モサい。ガキ臭い。背伸びしてる感じがイタイタしくて有り得ない。これじゃ分厚い唇が強調されるからナシ。主張煩くなるからこれ駄目。ラインが綺麗に出ないからこの下着はナシ。痛くて跡になるからこのブラもナシ。乾燥酷くなるくせになんのカバー力もない。塗ってる感がイタいこれもナシ。肌がヒリヒリする痒いこれも駄目。ああ寝癖が洗い直さないと治らない。

無理。駄目。キツい。ナシ。あり得ない。ダッサい。

着られそうな服は洗濯しなきゃいけない服がぶち込まれたカゴの奥底。笑っちゃうくらい奥底。多分あたしの百分の一もコスメに詳しくないひとのつるりとした肌と、財布が笑えない薄さのあたし。足の踏み場のない文字通りの床。加湿器をかけなきゃ、エアコンでぱりぱりに乾かされ尽くした空気と、部屋のどこかに埋まってるはずの加湿器の箱。泣き出したいのに泣けないあたし。ねえそんなにおかしい。ロクにまともな身なりも出来ない環境と手持ちと素材であることに絶望して死にたくなるのはそんなに駄目。気持ちが浮かぶ服に出会えないことで食事も喉を通らなくなるのはそんなに異常。スキンケアラインもコスメも試し尽くしてそれでも望みが叶わなくて気が狂いそうになるのはそんなに呆れること。

失った涙を取り戻せるものが何かなんて知れるわけもない。あたしは耳を塞ぐだけで両手が囚われて他に出来ることがない。新調すればいいでしょって外に出る服も顔もない。前髪とマスクで全部隠して、この見た目がいかにダサいの骨頂であるか切実に感じながらやはり泣かないでいる。泣けないままであたしは思う。見てろ。見てろよ。信じられないものを見る目ですれ違う知らない人々も、あたしの声を聞かずに「そんなことないよぉ」でさっさと話を畳む友人面の人々も。本気を出して見返してやる。この鋭さで殺せればいいのにと思いながら睨みたい気持ちをぐっと押さえつける。それを何日も何週間も何ヶ月も続けて明日は朝からデパートへ行って、と決意して起きられなくて眠たくて眠たくて気がついたら時が過ぎすぎていて、あたしは神に嫌われている。そう思う。

わからないよ全ての人に、だってあたしより悲惨な人はこの世界のどこを探してもいないんだから。何あの服だっさ、それでも鼻筋が通っている。何あのメイクキッツ、それでも服の配色のセンスはいい。そもそも人に口を出せるラインにすら上がれないくせに心の中で罵る自分こそが世界で一番惨めで、ダサい。

 

そんなに完璧を求めてさあ

 

ああいいよみなまで言わなくて。あたしはその先の言葉を息継ぎのタイミングと呆れるニュアンスの伴うところまで全て繊細に再現できる。もういいよ。わかってるからいいよ。ダサいのなんか分かってるのにこんな格好でしか外に出ることができなくてああこれであの人満足してるんだなあと思われてると思うと恥辱で体が燃えそうになる。泣きたいのに泣け出せない。いつになってもみっともなく泣け出せない。あの人も言っていたあの人の中ではどうせ自分が先に言い出したと思っているのだろうけどこの世界には生まれながらに絶対的に愛される人間と絶対的に愛されない人間がいる。どんなみっともないことをしても笑って手を差し伸べられる人間と無害に生きていても否定される人間が。あたしはそんな資格がないことすら自嘲の自傷ながら罵ってあげよう、この世界の全部を全否定してやる。あたしが生きにくい世の何が正解なもんか。あたしが死にたい世界の何が世界なもんか。

「そんなことないよぉ」のうざったい声を引っ提げたトモダチが待っている。あたしは殺意と泣け出せない気持ちを押し殺しながら、もう何度目かわからないそのことにギリギリとすり減らされ削られていく自分を感じながら、誰もあたしのことを分かれるもんかと強く、思う。